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鬱病とパニック障害克服のブログ

プロフィール

ブログ名
鬱病とパニック障害克服のブログ
ブログ紹介
うつ病とパニック障害に陥った男、治すことができた人間の体験記録(ブログバージョン)
幼い時からの家庭環境(父親との確執)と家庭や社長業・仕事での重圧でそうなってしまった。
精神科、瞑想・座禅、カウンセリングルームに通っても、本を読みあさっても治し方を提供できるところには出会えず途方に暮れている時岩波英知さんとその瞑想トランス体験との出会いがある。
そうしてパニック障害と鬱病が回復していくまでの手記です。
苦しみと感動の両極端を感じ取っていただければ嬉しく思います。
社長業や経営陣もものすごい重圧とストレスの中で日々過ごしています。
私のように一度つぶれる前に精神的な抑圧を解放して、さらに動ける人生を作って下さい。
私の失敗を糧にして頑張れる自分を再構築して下さい。
さらに鬱病やパニック障害、神経症といったものに陥っても、立ち直れると感じ取っていただきたいと思います。
それがこの手記をインターネット上にのせる最大の理由です。





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私の超感覚的な瞑想体験  瞑想・禅寺・座禅体験

2014/08/01 19:33
不眠症になり、うつ病になり、いよいよ私の精神的な健康が冒されていた時、最初に希望を見いだしていたのは、かねてから興味を持っていた瞑想だった。
私の友人・知人で座禅をしにいったり、その体験を聞かされていたため、座禅・瞑想に惹かれていた。
瞑想をしたほうが、心身共にリフレッシュでき、仕事の効率も上がる。
経営者として、やはり頼れるのは自分しかないため、瞑想に救いを求めたらいいと社長をしている仲間も盛んに勧めていた。
不眠症やうつ病の初期段階になる前にも瞑想・ヨガといった関連書籍も購入していた。
今思うと、どこかで心が休みたがっていたのか、心の平和を求めていたがっていたのかもしれない。
残念なことに、私が座禅や瞑想をはじめたのは、自律神経が病んで、集中ができなくなっていた時だった。
瞑想に憧れを持っていただけに、普通に瞑想ができない事実は私を一層落ち込ませた。
何も宗教や禅、仏教、インド哲学に興味を持っていたわけではなく、自分の内的体験をしてみたいという興味が強かった。
中には神を感じたいという動機からはじめる人もいるが、私は宗教的なものを求めないタイプだ
自分をどれだけ深く掘り下げることが瞑想でできるのか知りたかった。
心身の静寂を得たいという無意識の叫びが今思えば強かったのだ。
かなりの精神的な抑圧(父親からの抑圧と自分自身が自分を抑え込む抑圧) が大学時代からどこか無意識で感じて生きてきた。
私の場合は、その言い知れぬ不安みたいなものから逃れるための反動で、それまで頑張ってこれたのは間違いない。
限界が来るのは目に見えていた。
限界が来てから、瞑想をはじめてもなかなかうまくいかないというのが私の感想だ。
もともと、瞑想は求めては非常に効率が悪いものだ。
しかし神経症になってから瞑想をはじめると、どうしても求めてしまう。
もっと早い段階で瞑想をはじめるべきだったのだ。

まずは近くの禅寺に座禅をしに行ったり、 次には京都の静寂な雰囲気の禅寺にも行った。
結果、悟れない自分を責めてしまった。
ありがたいアドバイスをもらい、涙したこともあった。
だが、現実問題として私のおかれた境遇を打破できない。
東京の瞑想を行うところにも通った。
瞑想の価値は認めるが、私の症状はそれ以上だったと悟った。
そして、精神科で抗うつ剤を飲むことを選択した。

私が再び瞑想体験への興味に取り憑かれたのは、岩波英知さんの作り出す変性意識(トランス状態ともいっている)だ。
ただの変性意識ではなく、極限といっていい変性意識の状態だった。
私の体験記にこう書いた。

まさか岩波先生の実力がこれほどだったのか! そう思い知ったのは、トランス状態のことだった。
じつはカウンセラーのMさんはそのことを教えてくれなかった。驚かせるつもりだったのか。
それだけじゃなく、カウンセリングなどもすごい人だよと言いたかったのか。
トランス状態や意識が普通ではない流れになる、と言うようなことをおっしゃっていたが、これほどインパクトがあるとは考えもしなかった。
インパクトというとちょっと違う気もする。すごい強いリラックス感といった矛盾した言葉になるかもしれない。
その状態で、無意識から悩みを対処していく。
失礼だけど、カウンセラーや精神科医/心療内科医ではとうていできないだろうな。
青天霹靂といった体験だった。

ここではじめて、自分の内的体験をすることができた。深い瞑想体験をそれまでしてこなかったが、喉から手が出るくらい欲した体感を今している歓びがあった。
無意識との対話、つまり奥なる己との対話が可能だった。
対話というと問答をするというイメージがあるが、この瞑想トランス体験は、己の精神世界の海で泳ぐ感じだ。
すなわち、宇宙的な体験、神秘体験でもあるわけだが、心身の静寂を得るといったレベルではない。
凄い、もの凄いという体感だ。
ものごとも極致に至ると、すべてが単純化される。
ただ凄い瞑想体験という単純な描写が一番合っている。

これほどじゃないにしても、瞑想をして何らかの「神」「己」「無意識」と出会った人は、すごい体感をしているわけだ。
私はそれを超えているという自信がある。
特に岩波さんの力によらずとも、脳に条件付けができていたら、呼吸法によって、瞑想トランス体験ができるようになることを言いたい。
呼吸法をすることで、いつでもどこでも、瞑想トランス体験が可能になる。
私の場合はたったの10分もあれば、変性意識に入れる。
さらに深く掘り進めていけば、瞑想トランス体験にまで達する。
あるがままの境地、無の感覚、気持ちよさ、リラックス感、高揚感といったものだ。
奇しくも、私は遠回りをしたが、瞑想の効果を得られるようになった。

もし瞑想を深く掘り進めたい目的の人でも、いい結果を得られるだろう。
それほど岩波さん思っている技術は飛び抜けている。
症状が良くなってから、ある瞑想をするところに、瞑想をずっと続けてきた男と通ったことがある。
彼は十数年瞑想や座禅を続けているのだが、彼の体験を聞くと私はとっくに上回っていることがわかった。
それは、お互いの眼の状態(とろけるような、とろんとして、何か憑き物が落ちた眼)を見ればすぐわかる。
彼もそれについては詳しいため、すぐ悟ったらしい。
瞑想トランス体験という強みを持ったため、ストレスにも強い人間になれた。
これからこの武器を何に使おうか楽しみだ。

「私の瞑想体験 超感覚的瞑想の体感」をこれにて終わります。
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相互リンク うつ病やパニック障害の、セラピーの体験記など

2014/07/18 18:40

まつざわゆたかの神経症レポート 神経症は治るのか?


気鋭のジャーナリストの神経症(うつ病も)に関する取材・インタビュー・レポート


ブラックジャックさんの外科医神経症闘症記



私と同じセラピープログラムを受けた方のブログ集


私のうつ病克服体験日記


入院と自殺未遂を繰り返した方(今は回復しています)の日記風サイト


神経症克服へ MINDART THERAPY FRIENDS


わたしと同じ先生の元よくなられた人たちのサイト うつ病やパニック障害など


神経症と親の責任考察サイト


親の影響はどれだけ子供にとって、神経症にとって大きいかの考察サイト


不倒翁 鬱病からの再生


私と知り合いの社長さんのホームページ うつ病との闘いと再生です


気狂いぴえろ〜息子の不登校ひきこもりと私のノイローゼ克服体験記〜


子供の問題で私と同じく抑うつ神経症とパニック障害になった母親の体験談


家族うつ病体験記 家族が見た息子のうつ病治療と治った記録


タイトルの通りうつ病治療の体験談です

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私の生い立ち 父親との確執 なぜうつ病とパニック障害になってしまったか

2014/04/10 23:31
ここで、私の親父のことを書かねばならない。
なぜなら、親父のことは、私の神経症と大きく関係していたから。
はっきりセラピーを受けている間に認識できた。
厳格すぎるほど厳格な父親だった。
その分母親の影は薄かった。
会社を経営していた父親で、私ははっきりって嫌いだった。
殴り倒したかった。
しかし、絶対的な存在の父親に殴り倒すことは、思春期をすぎても、成人してもできなかった。
自分が絶対的に正しいと思っている親父だった。
ほめられたことすらない。
ほめられるかな、と期待できる成績や賞状をとったときもそっけなかった。
親父にほめられたことはない。
家は親父のエゴで支配されていた。
私は鬱憤や不満を胸の内に抑え込まざるを得なかった。
もし口答えをしたら、思いっきりはり倒された。
しかし、そのときは、私はそのエネルギーを別に転化できていたからまだ、そのときはまらずにすんだのだった。
また、親父を見返してやる、という復讐にも似た感情で、あらゆることを頑張った。
あいつが何にもいえなくなるほど、文句の言えない結果をとってやる、と。
だけど、それは報われることはなかった。
当たり前だ、という顔をされた。そういう態度をとられた。
ついに私は爆発し、家を出た。絶対、あいつには会うまい、と心に誓った。
そのとき、一つ後悔があった。あいつを叩きのめして出て行けば、と言う後悔だ。
いくら家出をしたと言っても、あいつの謝罪があれば、いつでも許してもいいという感情もあった。
しかし、一生こなかった。
私は会社を立ち上げ、うまく軌道に乗っていた。しかし、過度の投資が裏目に出て、資金繰りが厳しくなった。
お金を一刻も早く借りなければならない。しかし銀行もどこも断られた。
もうあいつに頼むしかなくなった。
もっとも頼み込みたくないあいつに。それは私の信条を破壊するものだった。だが、背に腹はかえられない。
絶交していたため、母親を通じて頼むしかなかった。
そして、久々にあったあいつの顔は今も忘れられない。
勝ち誇ったような、それみたことか、という顔だった。
屈辱に私は血が出るほど唇を噛んだ。
だが、頼まなくちゃいけない。
母親がさかんにとりなしてくれた。
しかし、あいつは断った。
私は頭に血が上った。そして、あいつの顔を思い切り殴った。
あのときの拳の感触は何ともいえず異様だった。
家を飛び出た。
そのあと家ではどうなったかわからない。
私はやけになっていた。だが、会社の資金繰りよりは、親父を殴ったことの方が重要だと思った。
しかし、口座に親父の金が振り込まれていた。そして、それを使わざるを得なかった。
私は負けたと思った。親父の勝ち誇った顔がうかんだ。お前は俺には勝てないんだ、と言う声が聞こえたような気がした。
母親から聞いたことには、やっぱり、私のことを馬鹿にしたコメントしていたようだ。
実際悪夢として私を何度もこの出来事が襲った。
殴ってすっきりしたことも、金を振り込まれたことで、私に倍になって抑圧やあるマイナスの感情が襲いかかった。
そして、幼少の頃からため続けた抑圧を、意識下から解放することが出来ず、しかし、会社を発展させる目的の前にそれも忘れた。
一時期は。
今度はあいつの会社を乗っ取ってやろうと思ってがむしゃらに突き進んだ。
その間、親父が死んだ。
体が悪いとは前から聞いていたが、決して会うことはしなかった。
暴君で、私の気持ちなど全く考えなかった。子供として受ける当然の権利も受けられなかった。
仮に子供への愛というものがあったとしても、それはゆがんだものでしかなかった。
だから余計たちが悪かった。
それでも私は必死で親父に愛されよう、ほめようと頑張っていた(このことをはっきり知覚したのはプレミアセラピーに通ってから)。
それがついに報われることはなかった。
葬式に行こうかどうか迷った。しかし長男である以上、責任をとらなければならない。
私の立場からしても、母親に世間に示しがつかないから、と泣きつかれた。
いやいや喪主を務めた。何か異様な複雑な気分だった。
それらを整理できないまま、それでも目の前の仕事に猛進していった。
そのときは、親父のこと、親父に受けたトラウマ、抑圧のことも表面は忘れていた。
しかし、怖いのは意識下にあった、それらだった。
一度も解放できずため続け、無理を重ねたあげく、自分の内面と向き合わざるを得なかったとき、一気に暴発した。
会社の問題・夫婦間の問題・子供の問題・・・様々な難問が一気に私を襲いかかった。
無理に無理を重ねていた私の心はそれらをこなしきれなくなっていた。
もう意識では対処しきれないものが、意識下を支配し、暴れ回っていた。
どうにも出来なくなった。そこからは上に書いてあることだ。

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心の悩みと神経症の恐ろしさ 感じたこと・学んだこと

2014/03/01 12:45
思えば、社長にしても、いろいろなトップの人と会っても、実は心に悩みを抱えている人のいかに多いことか
悩みを切り抜けた私から見ると、頑張っているけれど(心の問題を見せないようにしている)、意識下で難問が発生している人がよくわかります。
その人たちに今にでも岩波先生を紹介したいが、ぶしつけになってしまうところが難しいところだ。
そして、振り返ってみると、心のトラブルで、一気に崩れ去った人もたくさんいた。
現代は、心が病んだり、ねじれまがったり、どうしようもなくなる人が、どんどん増えている。
どんな職業でも、地位であっても、それは例外ではない。
そして、心の弱さを簡単に吐露できない立場の人は、余計押しつぶされてしまうだろう。
端から見れば、快調に生きている人でも、その内実はよくわからない。
悲鳴を上げていながら、走っているのかもしれない。
だが、走れなくなったとき、悲劇は起こる。
孤独と不安で苦しんでいるに違いない。
だれも気持ちをわかってくれる人が私にもいなかった。だが最後はいた。
苦しんでいる人は、一生いないままかもしれない。
ゾッとする。
ある層の人は、弱みを見せたら立ちゆかない。
だから、弱気をはけない。いっそうたちが悪い
私の社員でも鬱病で休職したものがいた。
当時のはまる前の私は、なんと残酷なことを思っていたのだろう。
気が弱いから、鬱病なんかにはまるのだ、と思った。
この事実をはまっている最中に思い浮かんだとき、なんてことを思ってしまったのだろうと自己嫌悪に陥った。
言葉に出さなくてよかった。しかし、お前にはそんなことを考える資格なんかなかったのだ。
その社員はそのままやめてしまった。今ごろ、どうしているだろうか。
見えない出口を求めてさまよい歩いているのか?
その妻は子供はどんな気持ちだろう。
今の私なら、悩み事を聞いてあげられたのかもしれない。
また会社を辞める若者も多い。
そのうち何名かは、心の問題でやめざるを得なかったのではないか?
社会は、はっきりいって、神経症の人間には甘くない。
入社試験でよくやる、心理学のテストがある。
正直に答えたら、必ずそこで落とされるだろう。
必要としているのは、悩んでいない人間。
どんどん会社のために突き進んでいける人間。
神経症に、うつにはまってしまうと、仕事以外の抑圧と苦しみで仕事どころではなくなる。
会社としては戦力にならない人間はいらない。
だから、社会の片隅で苦しみながら生き続けざるを得ない。
ほんとうに怖いものだ。
すっと叶えたいと思っていたことがあった。
社員で心に悩みを抱えるものを、先生に会社のご用カウンセラー/セラピストとして対処してもらいたいと言うことだ。
今はうれしいことに、先生が快く快諾して下さり、実現できた。
心の悩みは、ほんとうは、悲劇が起こる前に対処しなくてはいけない。
それを岩波先生には防いでもらいたい。いや、防いでもらっている
悩みに陥るルーツを解消させてもらっている。
悩みに陥るのは理由がある。そこをあぶり出していって(親による抑圧がとても多い)、こだわりを
なくしてもらっている。
このプログラムに関して、別で報告したいと考えている。
多忙な中、わざわざ会社の方に来ていただき、ほんとうに助かっているし、社員も私にしてもやる気がどんどん出てきて、昔に比べ、遙かに効率がよい。嬉しいことだ。
仕事に思う存分腕がふるえるように、過去からの弱点やトラウマを解消したり、こだわりをなくし、破壊してもらっている。
かつて神経症など心のトラブルで辞めていった社員の悲劇は繰り返さないようにしたい。
社員も先生のセラピーとプログラムとカウンセリングにとても満足している。
このことで、私の会社に入って良かったと喜ぶ社員がなんと多いことか!
私の症状や、いまの社員の未来、すべて、岩波先生にはとても感謝している。
筆舌に尽くしがたいほどだ。
神経症的な要素をなくす以外にも、どうすれば、対人交渉力(営業力とも言ってよい)があがるか、やる気があがるにはどうしたらいいか、先生に指導といただいている。
心のエキスパートだけあって、心理療法士の枠にはとどまらない生きる上で、成功する上でもっとも必要な要素を完全に身につけているし、それを身につけさせてくれている。特に若い社員にとっては、こんなすばらしい教育はないだろう。
 
× × × ×
もし神経症にどっぷりつかってしまう悲劇が起こったら、もうしょうがない。
よくなるしか結局道はないのである。
何が何でもよくなるしか、生きる道はない。
不可能を可能にしてこそ人生だ。
私のような悩みにとらわれている方がおられれば、メールを下さい。
また私と同じ立場、肩書き、境遇の人もメールください。
そういった方には、仕事の合間をぬって、必ず返信をします。
冷やかしでのメールは一切お断りします。
ここまで読んでいただきありがとうございました。

しゃちょー(BIGBOSS)

メール

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うつ病とパニック障害が良くなる

2014/02/27 18:31
第二回から先生にご足労願った。東京近郊と大阪近郊と、その間の新幹線の駅近郊ならば、このプレミア・セラピーをやっていいらしい(今はわからない)
そこからはずれてしまうと、現時点ではこのプレミアセラピーは受けられないと言うことになる。通うしかない。
私は社長室を使った。部下が入ってこないようにしてだ。私のテリトリーでとても安心して出来るため、場所としてはもっともふさわしい。
セラピーを受けていると絶対いわなかったが、入ってくる間に顔を合わせる社員も岩波先生ととても仲良くなった。それだけ人を惹きつける先生だったし、また社員も私の大事な相談役として見ていたようだ。
私の全セラピーが終わった後、私の様子や感じがいい方向に変わっていくのを見て、社員たちもスゴ腕の相談役と思っていたようだ。
のちのちその社員も、セラピストだと私が教えた。
社長の症状が治って良かったですね、と心から喜んでくれた。
もっと前よりパワーアップしましたよ、と言われたとき、うれしかった。
悩みを経た分、何か違うものを獲得できたとうことは、悩み自体も無駄ではなかった。
とはいえ、悩みにつぶされていたら、何にもなっていなかったのだから、陥らない方がいいに決まっている。
岩波先生には、社員教育をしてもらいたかったが、私と先生との出会いからして、しにくいのは残念だった。(そういうことも先生はやっている)
もしできれば、社員の業績もかなり伸びただろう。嫌いな言葉だが、人間力が向上にしたに違いない。


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想像以上の神経症克服プログラム(プレミアセラピー)

2014/02/22 12:45
まさか岩波先生の実力がこれほどだったのか! そう思い知ったのは、トランス状態のことだった。
じつはカウンセラーのMさんはそのことを教えてくれなかった。驚かせるつもりだったのか。
それだけじゃなく、カウンセリングなどもすごい人だよと言いたかったのか。
トランス状態や意識が普通ではない流れになる、と言うようなことをおっしゃっていたが、これほどインパクトがあるとは考えもしなかった。
インパクトというとちょっと違う気もする。すごい強いリラックス感といった矛盾した言葉になるかもしれない。
その状態で、無意識から悩みを対処していく。
失礼だけど、カウンセラーや精神科医/心療内科医ではとうていできないだろうな。
青天霹靂といった体験だった。
私もそのときは時間がなく、セラピーを受けることは出来なかったが、「40万円でも安すぎる」と言った。
一回に40万円払う価値はゆうにあっただろう。
先生が言うには、一括にするしか、予約の混雑をカットする方法がないという。気持ちの強さもわかる、とも言った。
また特別セラピーの出張も忙しいようだったが、私はそちらを選ぶことにした。
私もいろいろと忙しいし、通いで先生との予約を調整するのが大変だからだ。
先生は夜2時までやるときも多いくらい、だがそれに負けずにエネルギッシュに飛び回っている。
ここまで感心して、敬意を払うことが出来た人間は、人生で岩波先生がはじめてだった。今後もないだろう
このセラピー名に好き勝手につけていいなら、私はプレミア・セラピーと呼びたい。(このページのタイトルに使っている)
世界でただ一つの最高のセラピーと言うことで、「プレミア・セラピー」が似合っていると思う。
実際、プレミアな人たちを多くかまっているらしい。
私は一回目の後、特別のプログラムを受けることにした。

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名セラピスト 岩波英知さんとの出会い

2014/02/13 08:22
ただし、電車に乗れない為、通うことは難しいと思った。
車で通ってもいいが、スケジュール的に、忙しい先生と出会えることは難しいようで(初回をのぞき)、先生に特別に来ていただいた。
そこでセラピーを受けた。
初回、岩波先生にお会いした時。
私みたいな立場の人や、心に悩みを抱えた精神科医や心理学の教授すら来るという。
よくそういった人たちを先生が出張して、特別にセラピーを行っているらしい。
セラピーの説明を受け、とても論理的で、また感動すらした。
私は社長業を長くやっていたからわかるが、「あるもの」を持っている人だった。
つまり、セラピストとしてではなく、人間として、どこでも大成功を収められる超一流の人間だと言うことだ。
何か違う、というものをもっている人だった。
カリスマ性を感じた。
社長業をやっているとカリスマ性を持っている人がたくさんいる。
でもそれ以上に感じた。何も私がクライアントだからそう感じたわけではない。
この人はどんな人間を相手にしてもぶれることは絶対ない、そして信頼できる人だとわかった。
私は人の目を見ることだけは確かだった。
先生としてではなく、人間として好きになったし、尊敬、いや畏敬の念が生まれた。
あんな短く話しただけだったのにだ。直感はすべてを凌駕する。
短時間で私はあそこまで人とうち解けたことはなかった。

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これ以上ない最高最善のセラピストの紹介を受ける

2014/02/03 08:03
神経症が良くなるとという効果は(当然カウンセリングだけだったので、得られない)度外視して、このMカウンセラーのことを気に入っていた。
だから、精神科に行かなくなってからも、このカウンセラーに個人的にカウンセリングをしてもらっていた。
また、私のことをうまく励ましてくれた。
カウンセリング中は気が楽になったが、私の心の重さは解決しようもないほど複雑にねじれ曲がっていた。
どうにも対処の施しようがなかったし、カウンセラーと話しても、どうにも原因がピッとこなかった。
親父が原因かもと思ったが、それが直接な原因だと考えると、遠い気もするし、どうしようもなかった。私もいつまでたっても解決するめどさえ立たないことに対して、絶望がまた襲ってきた。
カウンセリングのたびに元気がなくなっていく私を見かねて、Mさんは岩波先生を紹介してくれた。
カウンセリングではとうてい悩みが解決しようがない神経症の人の場合、(特別に)紹介しているらしい。
自分が及びもつかないほどすごいセラピストだと言っていた。
カウンセリング一つとっても、自分なんて及ばないほど高い能力を有しているし、いまだに多くのことを岩波先生から教わっているそうだ。
心の働きについて天才的な感覚と技術的なノウハウは、驚くほどだと言っていた。
間違いなく日本一のセラピストだと言っていた。
いろんな分野で絶賛する人がいる、と言う。
非常に興味を持ち、是非にと紹介してもらった。

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うつ病・パニック障害治療 精神科に相談と行き詰まり 自殺願望

2014/01/04 18:25
医者に相談しても、なんら有効的な対策を講じてくれず、かといって、薬を飲むことも出来ない立場で、ついに行き詰まってしまった。
仕事場で周りを見ると、かつての私みたいに、悩みとは関係なく生きているように思える。
腹立たしく思うと同時に、なんとも自分が情けなくなった。周りが輝いて見えたと同時に、自分がみすぼらしく感じた。
他社の社長をみると、みな自信満々で猛烈に走っているように見えた。
昔はそんなことを全く感じなかったのに。結局、かってに自分が堕ちていっただけだ。
部下にも示しをつけようにもつけなくなった。私の神経症は知られているのだろうか?陰で私の悪口を言っていないだろうか?
引きずりおろされたらどうしよう
そう考えている自分にも情けなかったが、部下が悩んでいない様子を見て、うらやましくもなり、そう考えたくないから、余計自分の境遇を呪った。
生きていくことすら立ちゆかなくなった。私の運命は結局これだけか、と思うと、生きている意味さえなくなってきた。
死を真剣に考え始めた。
それまで人生を走っていた人で、成功もできた人間が自殺をする、そんなことは、私の状況に陥ったからなんだ、と思った。
本当に心に弱点を抱えていない人は、たとえ事業が失敗しても、莫大な借金を負っても、さらなるモチベーションで切り抜けられる。
だが、心に絶望が支配したら、たとえ、ちっぽけな怪我でも命を絶ってしまう。
俺は後者だな、と思った。
書物もたくさん購入し、なにかいいものがないか読みあさった。
だがこれといった有効打はなく、また催眠療法や森田療法など心理療法のたぐいに頼む気にもなれなかった。
どうせ結果は変わるはずがないと思っていた。
あきらめの気持ちがだんだん色濃くなってきた。もう疲れたな、と。
とりあえず、社長業としての立場は続けていた。続けざるをえなかった。
ほんとうは休んで解放されたかった。だがどうしてもできない。
まったく潤いがなく、空虚だった。
いかに私が悩みに落ち込んでいないように見せるか、そればかり知恵を振り絞っていた。
カラ元気をみせるたびに、自分を嫌悪した。無理している自分がとても嫌いになった。
かつて順調だったとき、プライドもそれに比例してついていった。
しかし、悩みに落ち込んでみると、おれはこんなんじゃない! と自信喪失と反比例してプライドがどんどん肥大化していった。
このプライドを安いプライドというものなのだろう。
だが、プライドがなければ、自分を支えて生きていくことが出来なかった。
一方で、絶望しつつもよい医者を捜し求めていた。
名医はいないだろうか、と期待を込めていた。
しかし私にとって、名医などいなかった。
お金をたくさん出して、私の神経症が治るならば、全財産なげうってでも、よくなろうとしただろう。
だが、良くなる方法などこの世に存在するとは思わなかった。
最後に私が通っていた精神科の病院、そこの医者には信頼を持っていなかった。
が、そこにつとめているカウンセラーのMさんとはとても話が合い、私の話をよく聞いてくれた。
この人だけには、仕事のことから家族のこと、もちろん症状のことについて、プライドをすてて、話すことが出来た。
カウンセラーとして一流の人で、ほんとうに心の支えとなってくれた。

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突然パニック障害が起こる

2014/01/03 10:23
うつが日ごとにどんどん解決を見ないまま、時間とともに悪化していく。
ある時、へとへとになり、疲労困憊で電車に乗る機会があった。
だが、やばいなと感じた刹那、パニックに陥った。
動悸がはげしくなり、息も絶え絶えになり、とても言葉じゃ表せない恐慌状態が襲ってきた。
症状に飲まれ続け、すぐ次の駅で降りた。みな私のおかしな様子を不思議そうに見ていたに違いない。
とても惨めになった。この出来事ほど、直接的にショックを受けたことはなかった。
電車にすら乗れなくなった自分を思うと、なんと情けないことか、今まで積み重ねてきた自信が一気に吹き飛んだ。
残ったのは、劣等感だけだった。劣等感を感じないようにつっぱしってきたのに、結果は、コンプレックスばかりだった。
自信喪失はとことんまで重くなった。堕ちつづけた。
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順調だった人生からうつ病に陥って

2013/12/18 18:20
業績は好調で伸びていたが、その伸びが鈍化し、他社との競争が熾烈になると、次第に行き詰まっていく
過程での問題も山積
突如神経症の襲われる。
最初はうつが、重度ではないものの、次第に私の心をむしばみ始める。
そして、次第に悪化していった。そして、パニック併発
プライドや恥ずかしさを忍んで、精神科と心療内科に通院。
4件病院を変えたが、結果出ず。
他にカウンセリングや精神分析や禅寺に通ったりもしていた。
薬漬けでは、仕事に支障を来し、薬を徐々にやめる。
のちのち、よくなる過程で、父親がとても厳格で、これじゃあ、はまって当然だとわかる。
子供の問題、会社の問題で、頑張っていたつもりだったが、一気に症状に落ち込んだ。
社員も部下も私の変調をおかしいと思っていた。また、疎遠になっていた妻も別人を見るような目つきで驚いていた。
ここで私がしりぞいたら、一気に会社をも立ちゆかなくなる。社員の生活を含め、ますます私の双肩に重荷がかかった。
だが、頑張れない自分がいる。なんでこんなことになってしまったのか、原因が全くわからない。
頭がぼやける、霞がかかったようになる、重くなる、だるい、頑張れない、踏ん張れない、どうしようもなく落ち着かない・・・・
昔はただがむしゃらに頑張れていた。だから結果をも出たし、ある意味では自信を持っていた人生だった。結果も出していた。
心の悩みとはほぼ無縁の生活で、(無理してでも)強く生きることこそが勝者だと思っていた。
そして、それを実践できていた。だから経済的には成功できた。だが、心はいつの間にかスカスカになっていた。
自信があったはずの人生が、全く立ち抜かなくなっていった。人生の皮肉を呪った。結局俺の人生はこれだけか、と。
口惜しかった。悔し涙を誰もいない社長室で流していた。だが、頑張らなくちゃいけない。そう必死で言い聞かせようとした。
だが、どうしても心が追いつかないのだ。焦った。

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