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zoom RSS 私の超感覚的な瞑想体験  瞑想・禅寺・座禅体験

<<   作成日時 : 2014/08/01 19:33  

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不眠症になり、うつ病になり、いよいよ私の精神的な健康が冒されていた時、最初に希望を見いだしていたのは、かねてから興味を持っていた瞑想だった。
私の友人・知人で座禅をしにいったり、その体験を聞かされていたため、座禅・瞑想に惹かれていた。
瞑想をしたほうが、心身共にリフレッシュでき、仕事の効率も上がる。
経営者として、やはり頼れるのは自分しかないため、瞑想に救いを求めたらいいと社長をしている仲間も盛んに勧めていた。
不眠症やうつ病の初期段階になる前にも瞑想・ヨガといった関連書籍も購入していた。
今思うと、どこかで心が休みたがっていたのか、心の平和を求めていたがっていたのかもしれない。
残念なことに、私が座禅や瞑想をはじめたのは、自律神経が病んで、集中ができなくなっていた時だった。
瞑想に憧れを持っていただけに、普通に瞑想ができない事実は私を一層落ち込ませた。
何も宗教や禅、仏教、インド哲学に興味を持っていたわけではなく、自分の内的体験をしてみたいという興味が強かった。
中には神を感じたいという動機からはじめる人もいるが、私は宗教的なものを求めないタイプだ
自分をどれだけ深く掘り下げることが瞑想でできるのか知りたかった。
心身の静寂を得たいという無意識の叫びが今思えば強かったのだ。
かなりの精神的な抑圧(父親からの抑圧と自分自身が自分を抑え込む抑圧) が大学時代からどこか無意識で感じて生きてきた。
私の場合は、その言い知れぬ不安みたいなものから逃れるための反動で、それまで頑張ってこれたのは間違いない。
限界が来るのは目に見えていた。
限界が来てから、瞑想をはじめてもなかなかうまくいかないというのが私の感想だ。
もともと、瞑想は求めては非常に効率が悪いものだ。
しかし神経症になってから瞑想をはじめると、どうしても求めてしまう。
もっと早い段階で瞑想をはじめるべきだったのだ。

まずは近くの禅寺に座禅をしに行ったり、 次には京都の静寂な雰囲気の禅寺にも行った。
結果、悟れない自分を責めてしまった。
ありがたいアドバイスをもらい、涙したこともあった。
だが、現実問題として私のおかれた境遇を打破できない。
東京の瞑想を行うところにも通った。
瞑想の価値は認めるが、私の症状はそれ以上だったと悟った。
そして、精神科で抗うつ剤を飲むことを選択した。

私が再び瞑想体験への興味に取り憑かれたのは、岩波英知さんの作り出す変性意識(トランス状態ともいっている)だ。
ただの変性意識ではなく、極限といっていい変性意識の状態だった。
私の体験記にこう書いた。

まさか岩波先生の実力がこれほどだったのか! そう思い知ったのは、トランス状態のことだった。
じつはカウンセラーのMさんはそのことを教えてくれなかった。驚かせるつもりだったのか。
それだけじゃなく、カウンセリングなどもすごい人だよと言いたかったのか。
トランス状態や意識が普通ではない流れになる、と言うようなことをおっしゃっていたが、これほどインパクトがあるとは考えもしなかった。
インパクトというとちょっと違う気もする。すごい強いリラックス感といった矛盾した言葉になるかもしれない。
その状態で、無意識から悩みを対処していく。
失礼だけど、カウンセラーや精神科医/心療内科医ではとうていできないだろうな。
青天霹靂といった体験だった。

ここではじめて、自分の内的体験をすることができた。深い瞑想体験をそれまでしてこなかったが、喉から手が出るくらい欲した体感を今している歓びがあった。
無意識との対話、つまり奥なる己との対話が可能だった。
対話というと問答をするというイメージがあるが、この瞑想トランス体験は、己の精神世界の海で泳ぐ感じだ。
すなわち、宇宙的な体験、神秘体験でもあるわけだが、心身の静寂を得るといったレベルではない。
凄い、もの凄いという体感だ。
ものごとも極致に至ると、すべてが単純化される。
ただ凄い瞑想体験という単純な描写が一番合っている。

これほどじゃないにしても、瞑想をして何らかの「神」「己」「無意識」と出会った人は、すごい体感をしているわけだ。
私はそれを超えているという自信がある。
特に岩波さんの力によらずとも、脳に条件付けができていたら、呼吸法によって、瞑想トランス体験ができるようになることを言いたい。
呼吸法をすることで、いつでもどこでも、瞑想トランス体験が可能になる。
私の場合はたったの10分もあれば、変性意識に入れる。
さらに深く掘り進めていけば、瞑想トランス体験にまで達する。
あるがままの境地、無の感覚、気持ちよさ、リラックス感、高揚感といったものだ。
奇しくも、私は遠回りをしたが、瞑想の効果を得られるようになった。

もし瞑想を深く掘り進めたい目的の人でも、いい結果を得られるだろう。
それほど岩波さん思っている技術は飛び抜けている。
症状が良くなってから、ある瞑想をするところに、瞑想をずっと続けてきた男と通ったことがある。
彼は十数年瞑想や座禅を続けているのだが、彼の体験を聞くと私はとっくに上回っていることがわかった。
それは、お互いの眼の状態(とろけるような、とろんとして、何か憑き物が落ちた眼)を見ればすぐわかる。
彼もそれについては詳しいため、すぐ悟ったらしい。
瞑想トランス体験という強みを持ったため、ストレスにも強い人間になれた。
これからこの武器を何に使おうか楽しみだ。

「私の瞑想体験 超感覚的瞑想の体感」をこれにて終わります。

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